"樋口楓"の"私"と"魂"
2019/1/12(土)、樋口楓さんのファーストライブ「KANA-DERO」に行ってきました。
このエントリは有料のタイムシフト予約が終了する1時間前から書き始めています。これを書き上げるころにはもう視聴できなくなっているでしょう。
というわけでここらを区切りとして考察してみます。ここから先はにじさんじと樋口楓さんのメタネタが野暮なレベルでバンバン出てくるのでご了承ください。そういうの苦手な人は今すぐブラウザバック。ハリー。
あと酒が入ってるので文章がめちゃくちゃ気持ち悪いです。
意味深なダブルコーテーション
ライブ終了時、それまで樋口楓さんが歌い、しゃべり、楽しんだスクリーンに、こんなメッセージが映し出されました。
ありがとう!#KANADERO pic.twitter.com/P5t0P2nlnq
— 樋口楓🍁にじさんじ (@HiguchiKaede) 2019年1月12日
(中略)"樋口楓"として、認めて、支えて、ぎゅっと抱きしめて頂けたからこそ、今の"私"が存在し、ここに居るみんなと同じ時間を生きています。時の流れはとても速くて、いつか忘れてしまう時が来るかもしれません。それでも私は、今日という宝物をプレゼントして下さったみんなのことを"魂"に刻み込み、前へ進み続けます。
これは俺の勝手な妄想ですが、"樋口楓"、"私"、"魂"にわざわざダブルコーテーションをつけたのは、「そういうふうに読み取ってくれ」というメッセージでしょう。
演者の存在
ここでバーチャルYouTuber(以下vtuber)とにじさんじのことをよくご存じない方にご説明します。vtuberはおおむね二次元または3DCGのキャラクターに生身の人間(演者)が声や動きをつけ、YouTubeをはじめとする動画プラットフォームやTwitter・Instagram・TikTokなどのSNS、テレビやライブなどで活動する人たちのことを言います。
ここで重要なのは「キャラクターは実在していないが、演者は実在している」ということです。vtuberはよく人形浄瑠璃にたとえられます。観客は人形を操演する黒子を「居ないもの」という前提で観劇するわけですが、実際には黒子は視認できており、見て見ぬふりをしているわけです。それと同じようにvtuberには演者が存在し、観客(リスナー)はそれを見て見ぬふりをしています。
このキャラクターと演者の関係性については、vtuberによってそれぞれです。例えばバーチャルYouTuberの始祖であるキズナアイは、演者の存在を認めていません。また、ウェザーニュースのキャラクターとして古くから活動しているウェザーロイドはvtuber化した際、演者のことを「マネージャー」と呼称して分離しています。*1
箱根駅伝やキルラキルをおさえてまさかのウェザーロイドが急上昇ワードランキング1位!?注目していただき嬉しいです。元祖バーチャルYouTuberというコメントを沢山いただきましたがアイリちゃんは3年前から生放送のMCを担当しています。
— 山岸愛梨🦀(ポン子マネ)@22時〜ポン子誕生日会 (@airin0609) 2018年1月3日
中の人…じゃなかった。マネージャーとして伝えておきますね! https://t.co/rpxA7WEHSB
演者は「vtuber」を作る
さて演者の話になりました。vtuberを追ってない人にvtuberを紹介すると、「中に人がいるんでしょ」という反応が返ってくることが多いです。まるでゆるキャラが流行った時のような感覚です。
しかしvtuberを追い始めると、キャラクターと演者の関係性は、ゆるキャラのそれとかなり違うことに気づくはずです。
それは作られたキャラクターと言うにはあまりに生々しい、私達が普段生活しているのとそう変わりはない、命の宿った人間です。
ここでご紹介したいのが、俺の敬愛してやまない声優・永井一郎さんの言葉です。
http://www.j-n.co.jp/kyouiku/link/michi/60/no60_3.html
役者の仕事は演技をするのではなく,人間一人を作ることなのです。
俺はこう思います。樋口楓の演者さんは、"樋口楓"という「人間」を作っている最中なんだろうと。
だから彼女はライブの最後に語りかけたのです。"私"は樋口楓というキャラクターに生命を与えた"魂"であると。そして"私"のことを"樋口楓"として接したリスナーに向けて感謝を表してくれたのです。
コンテンツの終わりと、続く人生
このライブのあと、樋口楓さんは振り返り配信を行いました。
ライブの最中にも語られましたが、彼女は「樋口楓」に終わりがあることを意識し始めています。それがあのメッセージにある「時の流れはとても速くて、いつか忘れてしまう時が来るかもしれません。」です。アンコールラストの曲「奏でろ音楽!!」の歌詞にもあります。
いつか音楽は止むから 最高のフィナーレ いっしょに迎えよう
同じようなことは9ヶ月ほど前に月ノ美兎委員長も言っています。
例えば10年後とかですよ、わたくしがまぁもしネットに姿を表さなくなったとしても
これは月ノ美兎委員長が初めて3D化してニコ生に出演したあと振り返り配信でした。ここでかえみとの文脈*2を持ち出すと長くなるのでやめにしますが、ふたりとも大きな舞台を終えて至った心境は同じだったのです。
ふたりに共通するのはお互い「樋口楓」「月ノ美兎」が終わったあと、つまり"魂"だけになった時のことに言及しているのです。ふたりはきっと、演じきったあとの人生のことを考え始めているのでしょう。
最後に
ただただ語り散らかしただけのエントリになりましたが、最後にこの動画を紹介します。個人的に最高の神動画です。
音楽が止む時が来ても 絶対忘れないからな
リスナーとライバーの思いが一つになった瞬間でした。おっさん酒飲みながらこれ見て泣いちゃったよ。
参考文献
俺が一方的に敬愛してやまない樋口楓ウォッチャーのジョン・オービンさんのエントリです。